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東京地方裁判所 昭和32年(行)90号 判決

原告 株式会社堤ボタン店

被告 東京国税局長

訴訟代理人 真鍋薫 外二名

主文

被告が原告に対し昭和三二年九月四日にした原告の審査請求を棄却する旨の決定はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(双方の申立)

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、被告指定代理人は、請求棄却の判決を求めた。

(原告の主張)

一、原告は、昭和三二年二月九日、東京地方裁判所昭和三一年(ケ)第一四六〇号根抵当権実行不動産競売申立事件における同裁判所の競落許可決定により、別紙目録記載の建物及び土地(以下、本件不動産という)の所有権を取得した。

二、そこで、原告は東京法務局に対し、同年三月二二日、右裁判所から東京法務局に対する登記の嘱託書を持参して右所有権取得の登記手続を申請したところ、同法務局登記官吏は、本件不動産の価格を右嘱託書に記載せられた価格と一致する一、〇〇〇万円と認定してこの登録税五〇万円を納付するよう原告に申し渡した。しかし、原告は、右認定に不服であつたので、被告に対し審査の請求を行つたが、被告は同年九月四日右請求を棄却する旨の決定をし、同決定は、同月六日原告に通知せられた。

三、しかし、右被告の決定は次のように違法な決定であるから、その取消を求める。

すなわち、不動産登記に際して納付すべき登録税の課税標準価格たる「不動産価格」とは、客観的価格でなければならず、単なる主観的価格或いは何らか特殊な一時的事情が加わつて形成された特別の価格であつてはならないことは登録税法の規定上明らかである。そこで、本件不動産の客観的価格をみるに、その固定資産課税台帳登録価格が四、一五四、二七三円(建物一、二七四、二〇〇円。土地二、八八〇、〇七三円)、裁判所が前記競売手続において鑑定を命じた鑑定人の鑑定価格及び裁判所の指定した最低競売価格が七、四五〇、〇〇〇円(建物五、四五三、〇〇〇円。土地一、九九七、〇〇〇円)であるから、本件不動産の価格は右四、一五四、二七三円ないし七、四五〇、〇〇〇円の範囲内にあるものといわなければならない。しかるに、前記法務局の登記官吏は、これを一、〇〇〇万円と認定したが、右は裁判所がその嘱託書に課税標準価格として記載した本件不動産の競落価格をそのまま採つて認定したものであるところ、右競落価格なるものは、前記競売手続において、原告外数名の競買人のせり揚げ(しかして、原告はその営業の必要上どうしても本件不動産を入手しなければならなかつた)のため不当に高額となつた価格なのであつて、このように一時的な特別事情の下に形成された価格をもつて本件不動産の客観的価格とすることは絶対に許されないのである。

しかるに、前記法務局は、本件不動産の価格を一、〇〇〇万円と認定して登録税を算出したが、右認定処分は違法であり、したがつて、これを認容した被告の決定も違法であるからその取消を求める。

なお、被告は、本件のように裁判所からの嘱託による課税標準価格の通知に対し登記官吏が登録税法一九条の六の認定処分を行わなかつた場合には審査請求の対象となる行政処分は存しないと主張するが、登記官吏はその独自の立場から不動産価格の認定を行うものであつて、その結果がたまたま本件のように当該不動産の競落価格と一致したからといつて、登記官吏の認定処分という行政処分がないとはいえない。

(被告の主張)

一、原告主張一及び二の事実は認める。

二、同三の事実中、登録税の課税標準価格が客観的価格でなければならないということ並びに本件不動産の登録格、鑑定価格、競売価格及び競落価格が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

そもそも、本件のような場合には法務局登記官吏の認定処分というものは存しない。すなわち、登記官吏が登録税法一九条の六の認定処分をするのは、当該登記官吏が、当事者の申告した価格または嘱託官公署の通知にかかる価格が「不相当ト認ムルトキ」に当該課税標準の価格を認定、告知するのであつて、これを相当と認めたときには右認定処分は行われないのである。本件の場合は、抵当権実行による競落を原因とする裁判所からの登記嘱託であつたところ、その通知にかかる価格が相当と認められたので、本件登記官吏は右認定処分を行うことなく右価格を標準とする登録税の納付を申し渡したのである。右の理は、裁判所からの登記嘱託(したがつて価格の通知)が、裁判所から直接行われず、当事者たる原告が右嘱託書を持参し、その際原告と登記官吏との間に価格について応酬があつた場合であつても同様であることはいうまでもない。以上のような次第であつて、法務局の認定という行政処分がない以上、これありとしてこれに対して審査の請求をすることもできないから原告の審査請求を棄却した被告の決定は当然のことである。仮に、右が理由がなく登記官吏が裁判所の通知にかかる価格を相当と認めたことが一つの行政処分であるとしても、右通知にかかる価格は競落価格、すなわち客観的価格であるから、これを相当と認めた右処分に違法はない。したがつて、これを認容した被告の決定も適法である。

〈立証 省略〉

理由

一、原告主張一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、そこで先ず本件において原告の審査請求の対象となつた行政処分の有無について考える。

原告は本件不動産の登記に伴う登録税に関しその課税標準価格につき登録官吏の認定処分があつたものと主張し、被告は、右のような処分はなかつたと争つている。ところで、凡そ登録税に関する課税標準価格及び税率は、一般には登録税法の規定にしたがつて確定しているものであるが、不動産登録についてのような場合においてはその性質上その目的不動産の価格を別途に確定しないと税額もまた確定しない関係にあるものである。そこで不動産登記に伴う登録税の課税標準価格に関して法令の定めるところをみると、右登記は原則として当事者の申請または官公署の嘱託によつて行われるところ(不動産登記法二五条一項)、右登記を申請または嘱託するにあたつては申請書または嘱託書に、登記関係事項の外、登録税額及び登録税法二条一項一号ないし一六号等の場合(本件はそれである)には課税標準の価格をも記載しなければならない(不動産登記法施行細則三八条、不動産登記法二五条二項)。しかして、登記官吏は右申請または嘱託を受理した際、登記関係事項の外、登録税関係事項についても目をとおしたうえ(この点は後述する。)、もし右申請または嘱託にかかる課税標準の価格を不相当と認めたときにはその価格を認定してこれを右の者に告知するのである(登録税法一九条の六。しかして、同条にいう「登記申請者の申告」には、当事者の申請の場合のみならず官公署の嘱託の場合も含まれることは明らかである。不動産登記法二五条二項参照)

そこで、問題は、右の手続の如何なる段階において課税標準価格が確定するかということになる。先ず、右登録税法一九条の六により登記官吏が登記申請者の申告を不相当と認めて価格を認定した場合には、右申告が当事者の申請または官公署の嘱託のいずれによる場合であつても、価格は右認定処分の告知によつて確定し、これをもつて登録税の対象たる課税標準価格が定まることは明らかである。次に、登記官吏の右にいう意味での認定処分がない場合は如何というに、この場合については、前記のように当事者または官公署はその申請書または嘱託書に登録税額及び課税標準価格を記載しなければならないこと並びに登記官吏が右申告を受理する際これを不相当と認めた場合については前記のように規定があるが、これを相当と認めた場合の規定がないことなどから、その際の課税標準価格は、登記官吏の前記認定処分のあることを解除条件として、当事者の申請または官公署の嘱託によつて確定し、その間登記官吏の処分等何等の行政処分も存しないとする見解も存し得よう。

しかし一般に登記にあたつて登記官吏が申告価格を不相当とするとき自らその価格を認定する権限を有することは、とりもなおさず登記官吏に価格の認定権を与え、登記官吏の認定する価格を課税標準とするという立てまえを示すものである。登記の申請(又は嘱託)にあたり申請者の申告した価格が、当該目的不動産の価格の認識において登記官吏のそれと一致するときは、登記官吏はそのままこれを認容し、前記のような自らの判断にもとずくとくべつの価格の認定はしないため、外見上はなんらの認定行為がなされないかのように見えるけれども、この場合でも登記官吏は自ら実質的判断を行い申告価額を相当とし、これを課税標準とすべきことを決定しているのである。すなわち登記官吏はいずれの場合にも常に自らの権限において相当不相当を判断の上課税標準たる価格を認定しているのである。価格は登記官吏の別異の認定を解除条件として申請又は嘱託により確定するというのはこの間の事情を説明するにつき一の比喩的意義を有するに過ぎない。これを実際問題として考えると、登記が当事者の申請によつてなされる本来の場合には、当事者は自らその価格を申告し、それによつて税額を算出して登録税を納付し、そのまま認容収納されるのであるから、その間なんら不利益を生ずる余地がないから、この場合にもなおかつ登記官吏の実質的認定があるといつても、これに対して不服申立をする要はなく、結局かくべつの実益をともなわないとはいい得るであろう。しかし登記が官公署の嘱託によつてなされる場合は大いに異なる。

この場合にあつては、当該官庁または公署が課税標準価格を嘱託書に記載して申告するのであつて、納税義務を負う当事者本人が自らこれをするのではないのである。勿論、多くの場合、官公署は右記載にあたつて当事者の意見をきき、もしくは少くともそれを充分尊重推測するであろうし、また、当事者も官公署に対して自己の意見を述べて記載の訂正を求めることもできよう。しかし右はいずれも事実上の問題であり且つそのような可能性が強いというだけのことであつて、何等法的に保証せられているものではない。したがつて、官公署がその登記嘱託書に当事者の意見と異る高額の価格を記載して嘱託し、登記官吏もまたこれをそのまま認容し、あえて不相当と認めないという事態の起ることも充分考えられるところである。そして、このような場合に登録税法一九条の六にいわゆる「認定」がなされなかつたからといつて登記官吏の行政処分はないのだとし、従つて当事者は右事態に対して何等の不服の申立をすることができないとすることは果して妥当であろうか。しかも一般にいわゆる申告納税を立て前とする手続においては、まずもつて当事者の申告によつて税額が確定することを原則としてはいるが、この立場は文字どおり当事者の申告がある場合に初めて考えられ得ることであつて、当事者の申告が形式的にない場合はもとより形式的にはそのようなものがあつてもそれが不相当であつて実質的にはないと同じ場合には常に課税権者の賦課処分があつて初めて納税義務が具体的に確定するものと考えられることと対比すればおのずから明らかである。すなわち、官公署の嘱託の場合は、形式的には官公署から課税権者に対する申告といつたものがあつても、実質的には当事者の申告に相当するもの(すなわち、当事者の意見の反映または当事者の申告に相当するもの(すなわち、当事者の意見の反映または当事者の意見による記載の訂正など)が含まれないことの可能性あること前記のとおりであるから課税手続の安定性のうえからいつても、常に課税権者たる登記官吏は嘱託書を受理した際、その記載税額、したがつてその基礎となる課税標準価格について相当、不相当の認定という行政処分を行う必要はいつそう大である。故に登記官吏が不相当と認めて価格の認定処分を行わない限り相当と認める処分があり、これにより課税標準価格が確定して、納税義務が具体的に発生するものと解さなければならない。そして、このように解してこそ当事者の見解と嘱託庁及び登記所の見解が異なり、しかも当事者の見解こそ正当な課税標準価格である場合のその当事者の救済が果されるのである。

そこで、本件の場合をみると、本件は、裁判所が抵当権の実行による競落を原因とする不動産所有権移転登記の嘱託をするにあたり、その嘱託書に課税標準価格を一、〇〇〇万円と記載したところ、これを受理した登記官吏は右を不相当と認めて認定処分を行うことをしなかつたのであるから、右を相当とする処分があつたものというべく、しだがつてこの処分により、本件課税標準価格が確定したのであるから、原告がこれを不服として被告に審査請求をしたのは手続として適法であるといわなければならない。

三、そこで、進んで被告の審査決定の内容の適否、したがつて本件登記官吏のした処分の内容の適否について判断する。

この点については、被告は本件登録税の課税標準たる本件不動産の価格を、一、〇〇〇万円と主張し、原告は右価格を四、一五四、二七三円ないし七、四五〇、〇〇〇円の範囲内にあるものと争つている。ところで、登録税法二条一項三号にいう「不動産価格」とは同法の趣旨、規定の内容からみて、当該不動産の客観的価格すなわち当該不動産の交換価値をあらわす価格を意味し、主観的、使用価値的価格或いは一時的な特殊な事情によつて特別に形成された価格をいうものでないことは明らかである。

そこで、本件登記官吏の認定した一、〇〇〇万円なる価格が果して本件不動産の客観的価格といい得るか否かにつき考えるに、先ず本件不動産の固定資産課税台帳登録価格が四、一五四、二七三円(建物一、二七四、二〇〇円。土地一、八八〇、〇七三円)であること並びに前記裁判所が本件不動産の競売にあたり鑑定を命じた鑑定人の鑑定価格及び裁判所の指定した最低競売価格がいずれも七、四五〇、〇〇〇円(建物五、四五落三、〇〇〇円。土地一、九九七、〇〇〇円)であり、その競落価格が一、〇〇〇万円であることは当事者間に争がないところ、証人安達幸衛の証言により真正に成立したと認め得る甲第四号証、成立に争のない甲第五号証並びに証人安達幸衛の証言を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、本件不動産の競売手続においては、その第一回期日において裁判所から前記のように七五〇万円なる最低競売価格が指定せられたが、競売人は原告の外に二名あり、たまたま原告はその営業の必要上(当時原告は東京都中央区日本橋馬喰町二丁目に店舗を有し釦及び洋装付属品の卸売を営んでいたが、右店舗は近接の店舗とともにとりこわされて共同店舗となることとなり、このためその間どうしても近隣に仮営業所を早急に用意する必要があり、本件不動産は正しくその要望を充たすものであつた)本件不動産はあらゆる犠牲を払つても入手しなければならなかつたので、この競売に加わつたのであるが、他方他の二名、少くともその内の株式会社三和銀行は当該抵当権者であり右の事情を知悉してその豊富な資金に物をいわせて原告の競買に立ち向つたため、はしなくもその間に激しいせり合いが行われ、遂に原告は一、〇〇〇万円の競売価格を申出るのやむなきにいたり、結局右価格でこれを競落するに至つたのである。

右のように認定することができ、これを左右する証拠はない。そこで、以上の事実に基いて考えるに、本件不動産については、一般に不動産の客観的価格の一応の標準となる固定資産課税台帳登録価格が四、一五四、二七三円であり、また、その当時の一般取引相場を勘案して決定せられた鑑定及び最低競売価格がいずれも七、四五〇、〇〇〇円であるから、特段の事情のない限り、本件不動産の客観的価格は右価格の範囲内にあると認めるべきところ、被告は、本件登記官吏の認定した一、〇〇〇万円なる価格についてその由つて生じた合理的事情について何等の立証をなさず、かえつて本件弁論の全趣旨によれば、右登記官吏の認定は裁判所が嘱託書に課税標準価格として記載した競落価格をそのまま採用したにすぎないと認められるのである。ところで一般に競売は多くの買受希望者を参加せしめその間の競争によりおのずから価格を定めしめるものであるから、その競落価格はいちおう市場の法則に従い公正な客観的価格が反映するものと期待し得るわけであるが、事実は必ずしもそのとおりではなく偶然の事情によつていちじるしい不合理な価格が一時的に現出することのあるのは経験上明らかであるから競落価格であることの一事により直ちに客観的な交換価格であるとすることはできない。本件における右競落価格なるものは前記のように一時的な特殊の事情によつて形成された特別の価格にすぎず、未だこれをもつて本件不動産の客観的価格とすることはできないものである。

四、しからば、本件登記官吏が課税標準たる本件不動産の価格を一、〇〇〇万円と認定した処分は違法であり、したがつてこれを認容した被告の審査決定も違法であるからこれを取り消すべきものとし、訴訟費用は敗訴した被告の負担として主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 小谷卓男 秋吉稔弘)

目録〈省略〉

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